大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)1915号 判決 1963年2月27日

原告 梅津一男

同 梅津田鶴子

右両名訴訟代理人弁護士 原田武彦

被告 株式会社尾上機械製作所

右代表者代表取締役 尾上隆治

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右訴訟復代理人弁護士 大場民男

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告等主張の請求原因事実中、(1)記載の事実、原告等主張の当時気象台より予め原告等の主張のとおりの報道がなされていたこと、原告等主張の時刻頃原告梅津一男が被告方事務所に来て、右板片の一枚が風のため飛んだ旨の連絡をしたこと、並びに同日午後九時頃右板片が台風のため飛散し、その一部が原告等の居住する屋敷内に飛び込んだことは当事者間に争いがない。

第二、一、ところで、被告は右板片は被告において訴外宇津木木材株式会社に保管を委託中のもので、被告にはその保管上の責任は全くない旨主張しており、証人岡田光男、同古川春雄、同江田寧の各証言並びに被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う趣旨の供述があるけれども、右各供述は後記認定事実に鑑み採用の限りでなく、かえつて、右各証拠(ただし、右採用しない部分を除く。)に検証の結果を綜合すると、右板片は被告の依頼により同訴外会社において原木より製材したもので、本来被告がこれを引取り保管すべきところ、被告方にはその保管場所がないうえ、被告方と同訴外会社の材木置場とは約一五〇メートルを隔てているに過ぎなかつたので、同訴外会社においていわゆるサービスとして右材木置場の一部をその保管場所として使用させていたものであること、被告と同訴外会社との従来の取引の慣行では、一般には同訴外会社において製品たる木材を右材木置場まで運搬して同所に積置きその後は被告従業員において適宜これを被告方に運搬して使用している状況であつたが、なお、同訴外会社から右材木置場まで運搬する際や同所に積置いて盗難等の防止のために縄をかける際などにも被告従業員がこれをなす場合も少くなかつたこと、並びに台風の際の飛散防止のための緊縛などは被告従業員においてこれをなしている事実が認められるので、被告において保管上の責任を負わないものと解することはできず、被告の右主張は理由なきに帰する。

二、そこで、次に前記被告の主張(2)記載の点について検討する

(一)証人岡田光男≪中略≫の各証言及び、原告梅津一男≪中略≫尋問の結果を綜合すると、被告会社においては、台風の当日午前中より従業員数名を派し、やがて接近することの予報せられていた台風に備え、過去の経験を基礎にして、前記土地上に四つの山に分けて積置かれていた被告所有の板片を各山とも五分丸の縄で数ヶ所を緊縛させ、従来来襲した程度の台風には充分堪え得るだけの処置を取つていたこと同日午後三時頃原告梅津一男より右板片が飛んでいる旨の連絡を受けたので、従業員数名がその調査をなしたところ、被告所有の右板片の飛散したものはなかつたけれども、既に台風が次第に強くなりつつあつたため、万全を期して、右各板片の山をさらに五分縄で数ヶ所緊縛し、その飛散防止のための処置をとつたもので、その後同日午後五時過頃までは右板片は風に堪え何らの異常もなかつたこと、同日午後九時頃風の到来とともに、強烈な風が吹きまくり、右板片の一部が飛び始めたので、原告梅津一男が附近の巡査駐在所に駈けつけ、右板片が飛んで危険であるから、被告会社に右板片が飛ばないように処置を取ることを申入れて貰い度い旨訴え、同所駐在の警察官より被告代表者方へ右の旨の申入れがなされたが、その時は既に電灯も消え、外は暗闇で大雨を伴う強烈な暴風が吹き荒れ、屋根瓦や塀木材等が吹き飛ばされている状況であり、また、被告代表者方においても、瓦が飛んで雨もりがし、家族中で雨もりの対処や戸、窓等の飛ぶのを防ぐのに大わらわとなつている最中で、被告代表者に右板片の飛散を防止するための処置を取ることを期待し得ない状態にあつたこと、並びに、従来の台風の場合に右材木置場に積重ねてあつた板片が飛散したりしたことは、前記台風において始めて飛散したものであり、かつ、その飛散した板片は右四つの山のうち一つの山のもののみであつて、他の三つの山は右強烈な台風にも拘らず、前記のとおり緊縛されていたためこれに堪えて飛散することがなかつたことが認められる。もつとも、原告梅津一男本人尋問の結果中には右認定に反する部分が存するけれども、右部分は前掲各証拠に照しにわかに採用することはできず、他に右認定を覆すに足る資料は存しない。

(二)しかして、右台風は名古屋地方においては、一般の予想をはるかに上廻つた未曽有の超大型台風であつて、ために堤防の決壊や家屋の損壊、浸水等の惨状を招き、人命や財産に莫大な被害をもたらしたことは公知の事実であり、かつ証人立松幹雄の証言並びに原告等各本人尋問の結果によれば、原告等方近所においても風圧のため倒壊した家屋さえもあり、またそれ程でなくとも、多かれ少なかれ右台風のために家屋の損壊や雨もり等の被害を蒙つていることが認められる。

(三)そこで、右(一)(二)記載の事情を綜合して考察すると、前記板片の飛散という事態は、被告において、その防止のため事前に予想し得る限りの程度においては万全の処置を取つていたにも拘らず、現実に到来した台風が予想を絶する強烈なものであつたことにより惹起せられたものであり、かつ右事態の発生したことを被告において知つた際ないしは知り得べかりし状態となつた際には既に右台風のため被告において右板片の飛散を防止する処置を取ることを期待し得ない状況にあつたもので、結局被告等主張のような故意ないし過失があつたものと解することはできず、そのため原告等において被害を蒙つたことがあつたとしても、被告にはその損害を賠償すべき義務はないものと解せられる。

三、なお、右の点を暫く措くとしても、証人古川春雄、同江田寧の各証言によれば、前記台風の際原告等方屋敷に飛散した板片は被告所有のもののみでなく、前記材木置場に置かれてあつた他の者等所有のものも相当量あることが認められるうえ、前記二の(二)記載のような事情があるので、右台風の際に原告等が蒙つた損害をすべて被告所有の板片の飛散によるものと速断し得ないことは明らかであるところ、原告等の主張する損害が被告所有の板片の飛散に基因するものであることを納得せしめるに足る立証はなされていないし、かといつて、右事情が存在するにも拘らず、原告等の主張する損害金全部について被告においてその賠償義務を負担すべき所以を説明するに充分な主張立証もなされていない。

のみならず、原告等各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証に右各尋問の結果を綜合すると、原告等は原告等において見積り算定して記載した甲第二号証に基づいて本件損害額の主張をなしているものであることが明かであるところ、右各証拠により認められる原告等のいわゆる損害なるものの実体並びに損害の評価算定方法には疑義を容れざるを得ず、到底これをそのまま採用することはできないものである。

第三、よつて、原告等の本訴請求は失当であるから、これを棄却し訴訟費用の負担の点について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松下寿夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例